
同じメンバーで、
最後までやり切る
馬見塚建設は、全員社員で現場に入る
外注に頼らないから、品質がブレない
それが41期続いてきた理由
まみ社長とは
まみ社長とは、愛知県の型枠工事会社・株式会社馬見塚建設の代表取締役、馬見塚 昭徳(まみつか あきのり)のこと。「まみ社長」は、苗字の馬見塚(まみつか)からとった呼び名です。
選ばれ続ける、
理由がある
リピート率
一度入った現場から、ほぼ毎回声がかかる
社員施工だから品質がブレない
外注を入れた時だけ評価が落ちる — それが答え
職長現場数
社長自身が20年以上現場に立ち続けてきた
職長として500現場以上を完遂
大きなミスは一度もない
事業継続
令和元年に2代目として承継
リーマンで2億5000万円の不渡りを被っても潰れなかった会社
その信用を、自分の施工でさらに積み上げてきた
工期遅延
工期は必ず合わせてきた
問題が出ても投げない、逃げない
最後まで現場にいる会社
「馬見塚さんのところは、
いつも同じメンバーが来るから安心する」
— 現場監督からの言葉

まみ社長
- 生年
- 1982年生まれ
- 役職
- 株式会社馬見塚建設 代表取締役(2代目)
- 承継
- 令和元年(第34期)
- 現場歴
- 20年以上 / 職長500現場以上
- 事業
- 型枠工事(在来型枠・ラス型枠)
親父の背中を見て、この仕事に入った
勤めていた会社が倒産し、そこから自社一本でやってきた
朝7時から夜20時まで、厳しい現場を何年もやった
投げたことは一度もない
今も現場に出る
社長が現場を知っている — それが馬見塚建設の強み
ここまでの、
道のり
聞かれることが多いので、自分の言葉で書いておく。
順調に来たわけではない。断られ続けた時期も、頭を下げて回った時期もある。
サラリーマンか、社長か
高校2年のとき、親父に聞かれた。サラリーマンをやるのか、社長をやるのか、どっちがいい。
正直に言えば、やりたかったのはシステムエンジニアだった。型枠ではなく、コンピューターで何かを作る仕事に就きたかった。
半年悩んだ。そして、社長をやると決めた。社長をやりながらでも、システムエンジニアはできるだろう — そう考えたからだ。
いま、AIを使って自社の仕組みを自分で作っている。26年かかったが、結局どちらも手放さずに済んだ。
会社が消えた日
学校を出て、型枠の会社に入った。修行のつもりだった。
入ってちょうど1年が経った頃、現場へ向かう途中で社長から電話が鳴った。今すぐ戻ってきて、と言う。職人さんが待っていますけど、いいんですか、と聞いた。いいから今すぐ戻ってきて、と言われた。
急いで会社に帰ると、社長が頭を下げた。会社は倒産した、本当にごめん、と。
実感がなかった。え、あ、はい、としか言えなかった。会社の道具を置いて、その日は家に帰った。一人で座っていたが、何を考えていたのかは覚えていない。
親父に、会社が倒産した、と伝えた。そうか、とだけ言われた。どうするかしばらく考えなさい、と。
面接すら、させてもらえなかった
3日後にハローワークへ行って手続きをした。そこから3ヶ月、仕事を探した。
就職氷河期だ。ただでさえ厳しい時代に、自分には「二代目」という肩書きがあった。どうせ家を継ぐから長くは続かない — その理由だけで、10社以上から断られた。面接すら、させてもらえなかった。
自分ではまだ何も決めていないのに、生まれた家で判断される。肩書きというものの重さを、あのとき初めて知った。
平成17年7月7日
親父に相談したら、修行が1年では短いが、うちに入れ、と言われた。
入社は平成17年7月7日。7が3つ並ぶ日だった。縁起がいいな、とだけ思った。
入って1週間も経たないうちに、現場で職長をやらされた。何もわからない。大工さんたちは勝手に仕事を進めていく。自分は打ち合わせと書類をやるだけで、現場で何が起きているのか、まるで理解できていなかった。
誰も教えてくれなかった。周りの顔色を見ながら、ただおろおろしていた。
その現場は1ヶ月で終わった。そのあと先輩の職長の下について1年かけて覚え、2年目には一人で職長を回すようになり、3年目には自信を持ってやっていた。
教えてください、と言い続けただけだ。それ以外に方法を知らなかった。
一度、元請けをやった
馬見塚建設の中に、もう一つ会社を作った。有限会社コーショー。総合建設業 — つまり元請けだ。代表取締役として2年やった。
手応えはあった。ただ、税金の面で思った以上の負担が出た。2社に分けている意味がない、と判断してたたんだ。会社は馬見塚建設へ吸収し、自分は課長として戻った。
失敗と言えば失敗だ。だが一度、発注する側に立った。元請けが何を見て、何を不安に思うのかがわかった。あれは今も現場で効いている。
2億5000万円の不渡り
リーマンショックのとき、会社は2億5000万円の不渡りを被った。まだ先代の代だ。
同業がバンバン潰れていった時期だった。ただ、あのときは仕事だけはあった。仕事があったから踏ん張れた。それでも、2億5000万円は簡単に飲み込める金額ではない。
自分はまだ代表ではなかったから、あの重さを本当の意味で背負ったとは言わない。ただ、隣で見ていた。会社が消えるというのがどういうことかは、22歳のときに一度見ている。今度は、自分の家の会社だった。
それでも、会社は残った。
だから「41期続いた」という数字を、自分は軽く見ていない。続いたのではなく、残したのだと思っている。
給料をもらわずに、頭を下げた
ラス型枠は、ずっと下請けのラス屋さんに出していた。そのラス屋さんが、廃業すると言ってきた。
材料を買い取ることになった。ただ、材料だけあっても施工はできない。だから廃業するまでの間、自分がそこへ飛び込んだ。教えてください、と言って、給料を1円ももらわずに1ヶ月手伝った。
それでもまだできなかった。他のラス屋さんにも声をかけて応援に来てもらい、先生代わりに横について教わった。副社長が、頭を下げて回った。
かっこ悪いとは思わなかった。できるようになる方が大事だった。
いま、在来とラスの両方を自社でやれる会社は日本でも多くない。あの1ヶ月がなければ、今の馬見塚建設はない。
軸だけは、ずらさない
昔の型枠の現場は、荒っぽい人間が多かった。今は違う。真面目な人間ばかりになった。安い金額で叩き合う時代も、終わりつつある。
だったら賃金を上げて、堂々と言いたいことが言える会社にならないといけない。そこまで行って初めて、社員に「幸せとは何か」が伝わると思っている。
10年後には、リフォームと不動産もやっているはずだ。宅建も取るつもりでいる。在来型枠、ラス型枠、リフォーム、不動産 — この4つが噛み合えば、会社の形は変わる。
ただし、主軸は型枠だ。すべての力はここに集約させる。この軸だけは、絶対にずらさない。

「できない」とは
言わない
全員社員施工
毎回同じメンバーで現場に入る
顔を知っている人間が来るから、
監督のストレスが減る
在来 × ラス
日本でも数少ない、両方に対応できる会社
ラス型枠は軽量で施工が速い
現場ごとに最適な工法を判断できる
現場がきれい
整理整頓は施工品質に直結する
挨拶、姿勢、段取り
元請けとの関係性を大事にしている
難しい現場ほど、考える
「できない」と言う前に、どうやったらできるかを考える
対応力、包容力、発想力 — それが馬見塚建設の現場力

出会った人くらいは、
幸せにしてやる
これが、社長・馬見塚の人生の理念だ。
この言葉を口に出すようになったのは、26歳のときだ。
その年、初めて人の上に立った。会社をひとつ任されて代表になり、同業の集まりでも役を持つようになった。 新しく何かを決意したわけではない。ただ、自分が何を大事にしてきたのかを、そのとき初めて言葉にする必要があった。
人に喜んでもらいたい。笑顔が見たい。ありがとうと言われたら、単純に嬉しい。
根っこにあるのはそれだけだ。縮めたら、この一行になった。
誠実に対応する、嘘をつかない
監督のストレスを減らす現場をつくる
職人が働きやすい環境を整える
言葉ではなく、行動で示してきた
だから次の仕事が来る
この思いを、会社として形にしたのが企業理念
「技術で頼られ、人として慕われる。」
業界でも、
任される存在
若手時代から業界内の役職を歴任し、
組織運営にも携わってきた
同業・元請け双方から信頼を得ている
同業組織
自主組織
元請け関連組織
再任
協力会
技術は、
人で決まる
若手中心のチームで、技術を継承している
技能実習生も含め、国籍を問わず
現場で戦える人材を育てている

外から見た、
馬見塚建設
YouTube / 2023年2月
大学生課題「技能実習生が抱える問題は?」撮影協力(株)馬見塚建設
技能実習生をテーマにした研究課題のために、南山大学の学生さんが制作したドキュメンタリー風の動画。馬見塚建設が撮影に協力し、現場と社員の様子が映っています。
制作:南山大学の学生さん4名(撮影協力:馬見塚建設)YouTubeで見る →
DiVE.tv(YouTube) / 2020年2月
技能実習生とともに働く!【馬見塚建設】
中小企業の社長に外国人雇用のポイントを聞くシリーズ「SHACHO's Mind」の第1弾。技能実習生の指導・相談役を長く務めてきたまみ社長が、受け入れで大切にしていることを話しています。
制作:一般社団法人DiVE.tvYouTubeで見る →
元請けへの、約束
同じメンバーで 現場に入る
最後まで やり切る
問題を 投げない
現場を きれいに保つ
派手なことは言わない
ただ、任された仕事には必ず応える
それが馬見塚建設のやり方